ルルーのIS日誌 入学前の月

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地球より2万8千光年の彼方、射手座Aウェスト星域。

そこには銀河中心に位置する巨大ブラックホールが存在する。

ブラックホールから発生する電磁ガスの為にあらゆる観測を遮断する闇の空間━もしもこの空域を観測するものが居たとすれば、

そのブラックホールから少し放れた横に、小さな輝く涙の様な光点……鏡の様にあらゆるものを反射する銀色の宇宙船を発見することが出来たであろう。

各次元銀河へと傭兵を斡旋する超規格外の大型傭兵斡旋組織『ホルス』の旗艦ゼピュロスである。

『ホルス』はココよりあらゆる末端組織の状況を余す事無く全て把握出来、各幹部組織へと瞬時に指示を送る。

後は各幹部組織がそれぞれの指揮する組織へと滞り無く指示が行き渡り、全ての傭兵斡旋事業は遂行されてゆく。

あらゆる斡旋事業の処理はこのゼピュロスひとつあれば事足りてしまう。

故に『ホルス』には本社ビルと言うものは基本存在しない。

この銀色の戦艦ゼピュロスこそがその本社といえる。

この組織を作り上げたのは一人の少年、そして数人の仲間達。

彼らは常にここで世界の情勢を見守り続けていた。

 

ゼピュロス艦内の執務室。

そこに一人の少年が椅子に座っている。

見た目は20代にも満たない、むしろ少年と言うべき風貌。

髪は輝く金髪、瞳も鮮やかな金色。

年相応の少年が浮かべるには不釣合いに穏やかな眼差しは

自身の前に大量に浮き上がっているホロディスプレイの大量の文字に注がれている。

そこには傭兵斡旋組織が現在遂行している職務状況の全てが映し出されており、『彼』はそれら全てを確認し、全てに遅滞無く指示を送っているのである。

名はイレイズ・グランセリウス。

この規格外の傭兵斡旋組織『ホルス』の創設者にして社長である。

ここのコンピューターはキーコンソールを必要としない。

全てディスプレイに向き合った人物が脳波でタイピングしたい文字を入力する『サイオニックコンソール』と言う技術が使われている。

熟練した者であれば手打ちのそれの遥か数倍以上の速度で文字入力が可能。

イレイズはそれを用い、十数画面はあるディスプレイ全てに個別の指示文書を入力し、送信をし、更に新たな連絡を受けると言う作業をこなしている。

彼は基本常にこの部屋にてこの作業をこなしているのである。

 

 

日々の大した事の無いテレビを眺める様に何気なく、静かで穏やかな視線のまま

イレイズはすらすらと日課である仕事をこなしてゆく。

ふと、いつの間にか室内に白衣の女性がいる事に気がつき、作業の手を止める。

「ああ、メイクさん、どうかしましたか?」

イレイズにメイクと呼ばれた女性はウェーブのかかった白銀の髪をさらりと撫でてにこやかな微笑を返した。

「社長、本日はルルーの誕生日でしてよ、覚えておいででしたか?」

この女性はメイク・フォリナー

イレイズの協力者でありこのゼピュロスの製造をはじめとするあらゆる技術方面の開発設計を担当しているサイバードクターである

「もちろん、覚えていますよ……といっても、正確にはルーシアさん達からお預かりした日を始点とした365日周期での計算になりますが」

メイクに差し出された紅茶を受け取りつつもイレイズは穏やかな口調で答える。

「それは何よりですわ。そこでルルーにはかねてからご両親が希望していた日常の学園と言うものを体験していただこうと思いまして……わたくし、この様な物をご用意いたしましたわ」

メイクがそう言うとイレイズの眼前のホロディスプレイがざっと散らばり、ひとつの別画面が表示される

「これは“ISの世界”の学園入学許可申請ですか」

「ええ、調査によりますとあの世界は他世界に比べると脅威度は比較的低い部類で、そのうえ近日事象の『断絶』を確認いたしました」

メイクの報告にイレイズはすっと眼を細める

「断絶……そうですか、またひとつの世界が……」

「ええ……それで調査を実施する必要が出てきまして。幸いあの世界は脅威度も低いので……ルルーも常日頃から社長のお役に立ちたいと申しておりましたし」

「なるほど、そういうことですか。確かに最適な任務になりそうですね」

イレイズは得心して微笑む

「それでは早速ルルーを呼んでいただけますか?」

「既にお呼びしましたわ。じきココに来ますわよ」

と、メイクが言い終わると同時に執務室のオートスライド式のドアが開かれた。

 

 

 

ルルーが執務室の前に立つと、ノックするよりも早くそのドアはスライドして開かれた。

室内にはイレイズとメイクの二人がいる。

「お兄ちゃん、なにかごようでしたか?」

ルルーとイレイズには血の繋がりは無い。

彼女にとってイレイズは育ての親に当たるのだが、外見的に余り歳が離れて見えない為に私用の時は兄妹のように呼び慕っていた。

「やあルルー、誕生日おめでとう」

イレイズに開口一番の祝福の言葉を受けてルルーの顔がぱぁっと明るくなり、特徴的なあほ毛が子犬のしっぽのように振れる。

「あなたもいいお年頃になってきましたので、そろそろちょっとしたお仕事を引き受けていただこうかと社長に掛け合っていましたのよ」

 

 

 

「ルルー、僕たちの仕事がどういうものかはもう解るね」

「うん、『くろのみこ』って人の仲間が悪さをしてないかみはるの」

「そう。今回はその仕事のひとつをルルーに手伝ってもらおうと思っているんですよ」

ホルスと言う組織の大本は傭兵斡旋組織。

しかしその真の活動は『黒の神子』と呼ばれる存在とその手先のモノ達を監視すると言う目的のカモフラージュでもあった。

 

 

 

「ISの世界に行くにあたってあちらの世界の機体を持っていたほうが行動しやすいでしょう。そこでこういうのを用意しました」

 

「IS(インフィニット・ストラトス)、名前は『アシェンプテル』。“あちらの世界”では政治の諸事情で製作が凍結してしまった『第1世代機体』……即ち戦争用兵器思想をそのまま完成・昇華させたものです」

「完全な実戦兵器仕様なのでフルフェイス・フルアーマー化が可能、単身で大気圏の『突破・下降』もこなせますわ」

 

「とはいっても、正確に言うとこれはISでは無いのですけどね」

「そーなの?」

「ええ。ISの世界的には存在しない技術を色々使っていますし、何よりも」

画面がISコアを映し出す

「外面的には高性能分析スキャナーを欺ける程巧妙に偽装していますが、実際にはISコアユニットではなくてISコアユニットに極めて類似したメインシステム機構……そしてそれに加えて『ホルスの瞳』という超長広域サポート用多次元通信AIシステムが内蔵されていますの」

配電盤の中に人間の瞳のようなものが組み込まれており、停止中らしくその瞳は閉じられている。

「『ホルスの瞳』はルルーのあらゆるバイタル値を認識キーとして作動し、作動中は常にルルーの周りをサーチしてあらゆる局面にサポート致します。そして停止・秘匿中はただのISコアと全く変わらない性能になります。勿論その時のISコアとしての性能は本物以上に本物と自信を持って断言できますわ」

 

「緊急時には適宜直接駆動制御も補助致しますのでご安心を。後の詳しい機体スペックは此方を……」

そういってメイクは銀色のプレートを渡す。

プレートにはマインドメモリープログラムが施されており、触れることでその内容を直接脳内に認識・記憶させることが出来る。

「はわー、すごいね」

プレートから各仕様を読み取ったルルーは眼を丸くした。

 

「『ホルスの瞳』はその場に居ながらにしてその世界の近隣の施設の奥で埃を被っている分厚い本に偶然挟まれていた髪の毛のDNAまで検知出来ますわ。」

 

「ルルーの任務はこのアシェンプテルを操作してIS学園に生徒として潜入して頂く事」

 

「現地に到着したら以降細かい事はこの『ホルスの瞳』が調査いたしますので、ルルーはそれとなく学園生活を送って周りの気配に気を配っていてくれればOKですわ」

 

「じゃあルルーはしばらくのあいだ学生さんとして生活していればいいんだね」

「IS学園に生徒として潜入任務、引き受けてくれますか?」

「うん! お兄ちゃんの為にがんばるの」

そういうとルルーは上目使いで「ほめてほめてー」と言う視線を送る

イレイズはにっこり微笑むとルルーの頭を撫でてあげるのだった。

 

ルルーはそっとアシェンプテルに触れる。

ソレによりルルーのバイタルが登録され『ホルスの瞳』の眼が開かれる

『認識作業終了。それではルルー、以降はわたくしがサポートいたしますわ』

「うん、よろしくね、ホルスさん」

ルルーはゼピュロスにある次元転送装置に乗るとISの世界へと出発した。

 

 

 

太平洋上空。一機のISが飛んでいた。

「ホルスさん、聞こえる?」

ルルーの呼びかけに網膜内に投影されたディスプレイが1つ開かれる。

そこには配電盤の中央に開かれた綺麗な瞳のマーク━『ホルスの瞳』の通信時に映されるマークが表示された。

『感度良好ですわ。如何致しましたか? 』

「これからどこへ行けばいいのかな?」

『そうですね。このまま直進していけば、島国があります。そこの皇技研という場所に宿の手配をしてありますので、一先ずは其処を目指しましょう』

「うん、わかったよ」

白いドレスのような機体、フルフェイスの隙間から流れる空色の髪。ルルー・ヒュペリオンはサポートシステムホルスとのんびりと話していた。

しばらく飛んでいるとハイパーセンサーは海面上にイルカの群れを発見した。

「うわぁ~、あれってイルカさんでしょ。初めて見るなぁ、近寄っても大丈夫だよね」

『あらあら、急に降下すると気圧で耳鳴りがしますわよ』

ルルーはISアシェンプテルの部分解除を行い、空を飛べるだけの最低限の姿になる。

すらりと伸びた白い足、細い腕。何より笑顔が特徴の少女だった。

「う~ん、やっぱり気持ちいいね。イルカさんたち、こんにちは~」

ルルーはにっこりと笑ってイルカたちに挨拶をする。

始めはイルカたちもびっくりしていたが、ルルーに全く悪意を感じないのできゅいきゅい話しかけながら併走をはじめた。

ルルーもイルカたちの周りをひらひらと踊るように飛んでいた。

『ルルー、そろそろ陸地に近づいてきました。高度を上げてください』

「そうなんだ。イルカさんたち、ルルーたちはそろそろ行かなきゃいけないから、バイバイ。またあえたら遊ぼうね」

イルカたちのきゅいきゅい言う声を聞きながら、ルルーは高度を上げ、フルアーマーに戻る。

「どこら辺で下りたらいいかな。やっぱりその宿の近く?」

『光学迷彩をおこないますから、人気のいないところであれば構わないでしょう……あら、警戒して下さい、こちらにまっすぐ向かって来る機影がありますわ』

「はわわー! ステルスと空間改竄で隠れてたよね? なんで?」

急激に向かってくる機体にあたふたするルルー。

『していませんでしたよ。あなたがイルカたちと戯れているからじゃないですか。彼らはその手の電波などに非常に敏感ですから』

「はわわー。どうしよう。いきなり攻撃されないよね?」

『されないとは思いますが、万が一を考えて警戒だけは怠らないようにして下さいませ』

「うん。じゃあ、このままの進路でいくね」

『あー、こちらIS学園教師サラ・ソフォス。そこの所属不明のIS、所属を名乗り、停止せよ! 繰り返す、ごたごたになると面倒だから止まれ。そして、あたしに従え』

前方のISラファール・リヴァイブから警告が出る。

「……ごたごたになるの?」

あまりの警告の仕方にルルーはぽかーんとなる。

『少なくともあの方にとっては、余り歓迎されない事態になるようですわね』

『あー面倒だからとまれー。いいかげんに人の言うことを聞け!! 聞かないと撃つぞ。めんどくさいけどめんどくさいから撃つぞ!』

「はわわ。止まります止まります。だから、撃たないでー」

さすがに撃たれると後々問題になると思ったのでルルーは思いっきり手を振って急停止する。

『……止まるの早すぎ。もっとこっちに来い、移動するの面倒なんだ』

「は、はーい」

(なぜちゃんと止まったルルーが怒られなければならないのでしょうか?)

理不尽な指示にもかかわらず、ルルーはラファールの近くまで行く。

「全身装甲式ということは第一世代機か。取りあえずヘルメットを外せ。…全くもう、何であたしが当直の日に限って……ぶつぶつ」

サラは頭を押さえながらぶつぶつとつぶやく。

「はーい」

ルルーがヘルメットを部分解除すると、華の様に空色のロングヘアがふわりと舞った

「ほー。で、名前は? 所属は? 目的は? 報告書を書くのは結構面倒なんだ、簡潔に言えよ」

「簡潔に言われても」

「か・ん・け・つ・にだ」

「はわわー。名前はルルー・ヒュペリオンです。所属はガイアナイツ。目的は……えっと」

さすがに目的を話すわけにはいかなくて口ごもるルルー。

次第にサラの表情が怖くなっていく。

「はわはわはわ~~」

わたわた慌てて何かわからない言葉ばかり言うルルーにいい加減サラのいらいらボルテージもヒートアップし始めた。

(適当でも言いからさ、何か言ってくれればいいんだよね。それで報告書かけるし。こんな子が悪事を働くなんて出来ると思えないし……あーめんどくさっ、早く帰って寝たい)

どうやら眠いだけらしい。

(えっとホルスさーん、どうしよう。目的話しちゃったらいけないからどうしたらいいかな?)

(少々お待ちを…ルルーのIS学園入学手続きを完了させましたので、入校の連絡はもう届いているはずと伝えてみてください)

(うん。入校のためだよね)

「えっと、ルルーはIS学園に入学するために来ました。もう連絡が届いているはずなのですが」

「そうなのかい? 今日の朝見た時はそんな連絡は……あれ?」

訝しそうにサラがコンソールを操作して学園の記録を探ると

そこには確かに本日付で入学する事になっている生徒が居ると言う連絡が表示されていた。

「……だからってISですっ飛んでくるバカは見たこと無いよ。アラスカ条約を知らないのか?」

アラスカ条約━正式名称は「IS運用協定」。

IS条約とも言われるそれはISの各種運用の内容が事細かに記載されている。

サラはその中のひとつにある「IS学園領外でのISの利用の制限」を言っているのだ。

ルルーとて、事前学習でアラスカ条約は知っていたが、まさかこんなところで見つかると思っていなかったのでおろおろしてしまう。

「えっとえっと、はわわ~。ごめんなさーい。こんなところで見つかると思っていませんでした」

「それでも違反は違反。とりあえず縄とかはかけないけど、そのままでIS学園まで着いてくること。遅れずに付いて来な」

「……はーい」

しゅんとあほ毛が垂れ下がる。ルルーはサラの後ろにふわふわ浮きながらIS学園へ向かった。

 

(はぁ、フカシかこれ? 見た所どこかのぽややんとしたお嬢様じゃないか。 なのに第1世代機っぽいISで第2世代機のラファールにそれなりの速度で楽に付いて来といて、そのうえ専用機持ち? そんなの聞いたこと無いし。で、所属がガイアナイツ? どうしてそこで私も知ってる様なロックバンドの名前が出てくるんだよ。 CDも持ってるっつーの。 それにいくら有名だからって歌手如きがISを所持できるわけ無いだろ。とはいっても嘘を言ってるやつにも見えないんだけどねぇ……おかしすぎるわ)

サラはIS学園の生徒指導室でルルーと向き合っている。

もちろんサラはISスーツを脱ぎ、髪はゴムでまとめてジャージに着替えている。もう見るからに残念美人だ。

ルルーはISスーツすら着ておらず、ISを待機状態に戻すと所々に品のよりフリルのあしらわれた白いワンピースだった。もちろん、今も着ている。しかし、何より目立つのはISの待機状態である、ガラスの靴。芸術品のような金銀細工まで入っており、ぱっと見シンデレラに出てくるアレだ。下手な衣装では悪目立ちするに違いない。

(おそらく靴に合わせてこんな格好してるのか……)

ルルーをジト目でずっと見続けているサラ。

当人はそれを気にせず、始めて入る生徒指導室室内を物珍しそうに見ていた。

「あのーせんせー。ルルーってどこか変なのかな? 髪とか服とかちゃんと整えてきたんだけど……」

ジト目で見られるのに気がついたルルーが口を開く。

「いや、そこは関係ないから」

「はにゃ?」

「今は確認待ち。お前の言う、“イレイズさん”からの入学の是非について。学科はクリア、実技試験はここについてからって言う異例中の異例なんだから。はぁ、千冬の弟の件もあるし、こいつも……今年はトラブルばっかりだなぁ。めんどくさ」

「はにゃぁぁ……」

ルルー自身もかなり強引になっているのは知っているのでしゅんとしてしまう。

そうしているとドアがノックされ、開かれる。

「失礼します。ソフォス先生、IS委員会から確認がとれました。ルルー・ヒュペリオン、所属は日本国です。筆記試験も筆跡確認がとれました」

入ってきたのはサラとよく似た女性だが、きっちりとスーツを着ている。

サラは椅子に座ったままドアの方へ向きを変える。

「リナぁ……日本ってここだぞ。何で南太平洋からこいつは来たんだ?それにちょい前に試験があったろ、あたしも立ち会ってたけど、こんな目立つ子は見かけて無いぞ」

「ソフォス先生……名前で呼ばず、名字で呼んでください。受験生の前です」

リナと呼ばれた教師はサラの言葉を遮るとぴしゃりと訂正を入れる

「うわっ。妹のくせに生意気だ。同じ名字を呼び合ってどうすんのさ」

「今は公務中です」

「うわー悲しいな、おねえちゃんにむかってこんな他人行儀な事言うなんて。そんな妹に育てた覚えはありません」

「私もありません。と言うより、私が姉さんを育てたようなものです」

「と言うわけで、こいつはあたしの妹。ちょっとお堅いのが傷だけど良いやつなんで後はこいつに聞いてくれ」

そう言うとサラはリナを部屋の真ん中、ルルーの正面につれてくると「後は任せた」と言って部屋を出て行った。

「はぁ……姉さんはいつも。こほんっ。ルルー・ヒュペリオンさんですね。私はIS学園教師、リナ・ソフォスです。先ほどは姉が失礼しました」

そう言ってリナは頭を下げた。

「あっ、ルルーはルルー・ヒュペリオンです。よろしくお願いします」

ルルーも慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。

「おすわりください。

ヒュペリオンさん。何点か質問したいことがあります」

「は、はわー」

「緊張しなくてもいいですよ。簡単なことですから」

「は、はーい」

緊張をほぐすようにほほえみかけるリナにルルーの緊張もすこし和らいだ。

「書類では所属は日本、皇技研。ホルスと言う『人員』斡旋組織からの派遣パイロットとなっていますが、ね……こほんっ。ソフォス先生には“ガイアナイツ”と言われたそうですね。なぜですか?」

「はわわー」

それはルルーにとって一番突かれたくない質問だった。本当のことであり、どう説明していいのかわからないので、慌ててホルスに相談をする。

(どうしよ、どうしよ。たぶんバンドの名前と勘違いされちゃってるよ)

(慌てないでください、間違えではありませんから。とはいえやはり一般の方達にはそちらの認知度の方が高いですから、そうですね……ホルス内でのチーム名と説明してください。つい、そう言ってしまったと。嘘でもありませんからね)

(はわー。ありがとうホルスさん)

(どういたしましてあ、あと見習いと言っておいてくださいね。あなたの歳ではそうでないと少々不自然ですから)

「えっと、ホルスの配属チームの名前です。有名なバンドから名前を取った、って言ってました。まだ見習いだけど、ルルーがんばってます」

「そ、そうなの。わかったわ。だから、今回の派遣に抜擢されたのね」

リナはルルーの必至さがほほえましく笑みを浮かべた。

とはいえ、その言を全て受け入れたわけではない。わずかにあった間。コアを通じて特殊回線で何者かと話を合わせた可能性は否定できない。それになぜバンドの名前を使ったのか、それも謎となるが、それはたいした問題にならないと判断した。

「では、次の質問です。どうしてあの場で飛行していたのですか?」

「アシェンプテルで皇技研にいく途中です。ステルス飛行中だったんですけど……」

「けど?」

「イルカさんを始めて見たんで、ちょっと一緒にいたいなーと思って……」

ルルーは顔を少し赤くして人差し指を付き合わせて恥ずかしそうに顔を伏せた。

「ふふっ。次からは止めましょうね。皇技研の方も到着しなくて困っていましたから」

「ごめんなさい……後で連絡して謝っておきます」

ルルーのしゅんとした姿にリナはつい頭を撫でたくなったが、何とかのところでその気持ちを抑え込んだ。

「そうしておきなさい。では、最後の質問です」

「はい」

「明日予定されていた実技試験ですが、こちらの手配ミスでアリーナの予約が取れていません。」

「そうなのですか?」

『ホルスの瞳』が改竄した本来「無いはずの」試験である、手配も何もあるわけが無い。

「ですが、今日ならアリーナが空いています。幸いこの学園まで単独飛行できたと言う点から基本操作のテストはパスできますので、実技試験のほうを今から行いたいと思います。もちろん、不都合があれば日時の変更をしますが、どうですか?」

「それは皇技研の人たちとお話ししないと」

リナはこれ以上自分の独断で迷惑をかけれらないとルルーの顔が言っているように見えた。

「だいじょうぶ。技研の方とは話が付いています。あとはあなた次第」

「……お願いします! ルルーは試験を受けます!!」

「わかりました。では、第2アリーナへ行きましょう」

「はい!」

ルルーは元気よく返事をし、立ち上がった。

 

 

 

「で、ソフォス先生。なぜ、ここに居るのですか? なぜ、かわりに山田先生がアリーナにいるのですか?」

「お、リナか。たまたま真耶と廊下であってな。代わってもらったんだよ。一応重労働後だろ」

「姉さんの口車にお人好しの真耶が引っかかったというわけですね。はぁ」

第二アリーナモニタールームにルルーの試験を監督に来たリナはすでにモニター席に陣取りコーヒーを飲んでいるサラをジト目で睨みつけた。

「まあまあ、お前もコーヒー飲んで落ち着けって。こういうのは真耶が一番得意だろ」

「それはそうですが……」

それでも引き下がろうとしなりリナにサラはコーヒーカップを突き付けた。

「そしてお前は分析が一番得意だ。あたしがヴァルキリー三部門制は出来たのはお前の分析のお陰だろ?」

「それはそうですが、担当は姉さんですよ。疲れたというほど働いていませんし……何か気になることでもあるのですか?」

コーヒーカップを受け取り、リナは少し口を付けた。

「ご明察。さすが、あたしの妹は優秀だねぇ」

「からかわないでください。何年あなたの妹をやっていると思っているのですか」

リナはカップを持ったままサラの隣の席に座り、ルルーと真耶の遣り取りを映しているモニターに視線を移した。

「で、私に何を分析しろと言うのですか、ソフォス先生?」

「あの子の。ルルー・ヒュペリオンの異質さをさ」

「異質ですか? 私には素直で世間知らずのお嬢様に見えますが」

「まっ、あたしもそう見える」

ならとリナが言いかけるが、サラの表情を見て口を噤んだ。

「なんて言うか、変なんだよなぁ。なんとなくだけど……」

「まさか、学園に害をなすと?」

「それは絶対にない!」

あっさり断言され、ずっこけたリナはカップを落としかけたが、何とかコーヒーがこぼれないように姿勢を立て直した。

「……姉さん、真面目にしてください!」

「ふん、いたって真面目さ。だからさ、あの子の異質さを分析してくれって頼んでるのさ。かわいい教え子候補だろ」

サラはにやりと笑うとコーヒーを飲み干した。

 

 

 

そのころアリーナではアシェンプテルを簡易展開したルルーとノーマルのラファールリヴァイブを装備した山田真耶が対面していた。

「ルルー・ヒュペリオンです。皇技研に所属しています。今日はよろしくお願いします」

「ふふっ。あまり緊張しなくてもいいですよ。実技試験を担当する山田真耶です。こちらこそよろしくお願いしますね」

ぺこりと頭を下げるルルーを真耶は微笑みながら挨拶をした。

「さて、試験ですがISの動作については問題ないとソフォス先生から聞いています。ですので、自由に戦ってくださいね」

「はーい!」

ぐっと両手に力を入れるルルーを見ていると真耶は自然と笑みを深くしてしまう。

(ソフォス先生から聞いていましたが、とても素直でいい子みたいですね。これは私もしっかりしないと)

「では、かかってきてください!」

「はい! ルルー、いっきまーす!!」

 

 

 

ぱたんとドアを閉じ、走り去っていく黒塗りの高級車。

それを先ほどの3人の教師が見送った。

「スポンサー様の御引率とはいえ、あたし達三人で送り出すことはなかったんじゃないの?」

「ヒュペリオン嬢を一人にしておく方が不安ですよ」

「あはははっ。まあ、いいじゃないですか。ずいぶん可愛がられてたようですし」

摩耶のフォロにリナははぁと肩を落とした。

アリーナでの試験後、迎えの車が3時間ほどかかると言うことで食堂に案内したが、どこで聞きつけたか、在校生の数名が興味津々で来たのをいいことにルルーの世話を任せたのが間違えだった。

一時間ほどは食堂でおやつを食べながらガールズトークを楽しんでいたらしい。その後ルルーが興味を持った施設に案内をしていた。

それはまだいい。

どうもルルーが制服にも興味を持ったらしく、それを察した生徒が寮で試着をさせたのが事の始まりだった。

制服を試着して、くるりとターン。背はちょっと低めとはいえ、空色の髪と太陽のように笑うルルーはかなりの美少女である。着こなしもばっちりだったが、靴が、アシェンプテルの待機状態(ガラスの靴)があまりに浮いてしまった。

バランスが合わないと言うことで誰か合いそうな靴を持っている人を探して、もしくはガラスの靴に合わせた服を持って着せ始めたのだ。

ルルーも拒否せずに楽しんだため、ファッションショーもどきになるのに時間はかからなかった。

この騒ぎで当直のサラは呼び出され、「あたしが当直の日に暴れるなぁ!!!」と即座に鎮圧された。

その後、在校生達は解散、ルルーは念のため貴賓室で待機して置いてもらうことになり、先ほど迎えが着て送り出した。

「まっ。これでやっかいごとが1つ消えたわけだ。で、真耶、あの子とやってどうだ?」

うーんと背伸びをしながらサラが真耶に尋ねた。

「そうですね。基本操作に関しては特に言うことはないです。受験生の中では頭1つ抜け出していると言ってもいいと思います」

「じゃ、アタックアクションは?」

「まだ慣れていないというか、手探りな印象を受けました。ISとの相性も良さそうですし、そこは時間が解決してくれると思います。ただ……」

「ただ、どうしました?」

リナはメガネを指でくいっと持ち上げると口ごもる真耶に催促をする。

「あのISって、機体は傭兵斡旋組織ホルス製でコア提供は皇技研なんですよね」

「ええ、提供資料によればそうなっていますが」

「なんだか攻撃方法が変なんですよね、ヒュペリオンさん頼りというか。機体も第一世代思想でありながら第三世代クラス、下手するとそれ以上かも。だから、なんと言ったらいいのか……」

「確かにあの機体にはかなり秘密がありそうですが、現時点では判断しかねますね。ルルー・ヒュペリオンについては?」

リナはあのIS“アシェンプテル”については判断材料が少なすぎるので乗り手へ話を切り替えた。

「ヒュペリオンさんですか。とってもいい子だと思いますよ。それは生徒達との交流を見れば判ると思いますが」

「しかし、あのような騒ぎは困ります」

「まあいいじゃないか。妹属性みたいだしな。妬くな妬くな、マイシスター」

今までは無しに参加しなかったサラがリナをからかうように首に腕を回した。

「で、何か判ったか?」

「その前に話してください。全く、現状では何とも。少々流されやすい性格みたいですが悪い子ではないと思いますよ」

リナは無理矢理サラの腕を外し、ため息をついた。

「真耶は?」

「リナと同意見ですよ。素直でいい子だと思います。相手の実力の引き出し方が上手いというか、後半結構真面目に戦っちゃいました」

「見た目でだと8~9割ぐらいか?」

「大体その位ですね」

リナの顔が引きつる。これはあくまで実力を見るための入学試験であって、教員相手の模擬戦ではない。IS学園のIS担当教員の実力は元代表候補生クラスが最低ラインだ。真耶は日本では代表候補生だったが、実力は代表クラスだ(あがり症がなければとつくが)。実力は教員内でも折り紙付きである。その真耶の実力を9割近く発揮させたのだ、あの受験生は。逆に言えば、そうでもしなければ勝てなかったと言うことにもなる(専用機と量産機との差もあるが)。

「末恐ろしい子ですね」

「まっ、そんなやつをIS学園に入れておけるんだ。多少は安心だろ」

「えっ。もう合格ですか!?」

驚く真耶にサラはにやりと笑った。

「とーぜんだろ。実技はあれだけ真耶を手こずらせたんだ、楽々合格ライン、学科の成績もいい。あとは適当に書類をまとめるだけだろ。じゃ、後は2人に任せた。あたしは当直に戻るからな~」

「えっ? 姉さん! 姉さん、あなたは何考えてるんですか!!」

「ばははーい♪」

そう言って逃げて行くサラをリナは猛然と追いかけていった。

「あははっ。いつもどおりですねぇ……って、もしかしてこのままだと私ひとりで書類まとめですか! ふたりともまってくださーい!!」

事の重大さに気づいた真耶は一足遅れて、2人を追いかけていくのであった。

 

 

 

数日後、満面の笑みを浮かべたルルーの手元には一通の合格通知が来ていた。

その日の夜、皇技研は“ルルーちゃん、IS学園合格おめでとうパーティー”になったのは言うまでもなかった。

 

 

ルルーの日誌 三月○○日

 

ここ地球に来てから一週間ぐらいたちました。

周りの人はいい人ばかりで、ルルーはとっても楽しい日々を送ってます。

IS学園に合格した日のパーティーはとっても凄かったの。みんなが笑顔でルルーのことを祝ってくれて、とっても幸せだなぁと思いました。

いつまでもこんな日が続けばいいなーと思います。

あと少ししたら、IS学園にお引っ越しです。

先輩達は優しいし。先生もいい人ばかりなのでとっても楽しみ♪

お兄ちゃん、明日からもルルーはがんばるよ!

投稿者:ひ~ろ

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